貨物鉄道輸送150年の歴史

明治時代から始まった貨物鉄道輸送は、
日本の産業と社会を支え続けてきました。
その不断の発展の歴史を写真などで
振り返りながら、その背景に思いを馳せ、ご覧ください。

  • 1873年
    9月15日
    日本で初めて貨物輸送を開始(新橋~横浜間)
    新橋~横浜間(28.8km)の鉄道建設は、1870(明治3)年に着工、1872年に完成。同年10月14日にまず旅客輸送が開始され、その翌年の1873(明治6)年9月15日に貨物輸送も開始された。
    【錦絵:物流博物館提供】
  • 1880年
    11月28日
    北海道で初めて貨物輸送を開始(幌内鉄道 手宮~札幌間)
    北海道の鉄道の始まりと言われる幌内鉄道は、幌内地方の石炭を小樽港の手宮まで輸送することを目的に、開拓使が建設した。開業当初は機関車2両、貨車29両を保有し、幌内から手宮港へ石炭を運ぶ運炭列車を毎日1往復運転した。1882年には手宮~幌内間が全通したが、積雪期には運転を中止するなど経営は振るわず、北海道庁から補助を受けながらの営業であった。
    【写真:「北海道鉄道百年史」上より転載】
  • 1888年
    10月28日
    四国で初めて貨物輸送を開始(伊予鉄道 松山~三津間)
    伊予鉄道は、民営鉄道としては日本で2番目の歴史をもち、1887年に創立した。松山~三津間における交通機関改善が必要とされ、狭軌の軽便鉄道として日本初の敷設認可を鉄道局に申請した。その後受理され、1888年10月28日に開業した。
    【写真:株式会社伊予鉄グループ提供】
  • 1889年
    12月11日
    九州で初めて貨物輸送を開始(九州鉄道 博多~千歳川間)
    九州鉄道会社は1888(明治21)年8月に設立し、1887年11月ドイツ人H.ルムシュッテルを顧問技師として迎え、建設工事に着手した。1889年12月に博多~千歳川間を開通し、1891(明治24)年8月に門司(現・門司港)~熊本間、鳥栖~佐賀間を開業した。開業時点の貨車は57両あり、すべてドイツ製の7t積無蓋車であった。
    【写真:日本国有鉄道百年史4巻より転載】
  • 1893年
    6月
    初めて国産機関車(蒸気機関車)を製造
    創業時の蒸気機関車や貨車はすべてイギリスからの輸入であったが、1893(明治26)年6月に鉄道庁神戸工場はR.F.トレビシックの指導のもとで、1B1形複式タンク機関車(後の860形式)を初めて製作した。これが国産機関車の第1号であり、必要な部品が揃えば機関車の国産化が可能となった。
    【写真:鉄道博物館提供】
  • 1898年
    8月1日
    初めて東海道線全線で貨物輸送を開始(新橋~神戸間)
    全国の鉄道網の整備が進むにつれて、官鉄と私鉄の直通乗り入れが各地で行われ、貨物列車の長距離運転が開始された。1898(明治31)年の列車時刻改正で、新橋~神戸間に速達貨物列車1往復の運転を開始した。運転時間は30時間23分であった。
    【写真:鉄道博物館提供】
  • 1913年
    6月21日
    初めての貨車操車場(現・京都貨物駅)開業
    輸送量の増加に伴い、幹線の主要駅は、貨物を扱う駅と旅客駅を分離し、特に貨物列車の組成を専門に扱う貨車操車場を新設することとなった。京都で大礼が行われた1913(大正2)年、京都駅から貨車操車機能を分離して同年6月に開業した梅小路駅が最初の貨車操車場である。
    【写真:鉄道博物館提供】
  • 1923年
    9月1日
    関東大震災
    1923(大正12)年9月1日、突如として激甚な地震が関東地方を襲った。鉄道省の被害は東京市を中心にその周辺にも及んだ。本省庁舎の焼失をはじめとして、新橋、上野、両国の各運輸事務所焼失などで指揮系統は麻痺し、被害の状況さえ全く把握不能となった。
    【写真:鉄道博物館提供】
  • 1924年
    7月31日
    初めて日本海縦貫線全線で、貨物輸送を開始(大阪~青森間)
    7月31日に羽越線鼠ケ関~村上間が開通したことで同線の新津~秋田間全通、奥羽・信越線が連絡した。さらに北陸線を通じ、日本海縦貫線が完成した。
  • 1925年
    7月17日
    本州線・讃岐線(四国)ならびに連絡会社線で一斉に貨車の自動連結器付替作業を施行
    輸送量の増加に伴い、貨物列車のけん引可能な重量を引き上げるため、貨車の従来の連環・螺旋連結器について、より強度を高めた自動連結器に取り替えた。連結器取替両数は5万1,552両にのぼったが、関係者の周到な準備によって成功を収めた。7月17日早朝から一斉に指定した駅で実施され、同日夕方に完了した。(九州線は7月20日に完了)
  • 1930年
    10月
    貨物列車ブレーキ性能向上(自動空気ブレーキ採用)
    創業以来、貨物列車のブレーキ装置には機関車の真空制動機などが採用されていたが、保守が容易である半面、重量のある貨物列車はブレーキが効きにくく、列車衝突などの事故の原因ともなった。そこで鉄道院は大きなブレーキ力が得られる自動空気ブレーキ装置を採用することを決定し、1930年10月から使用開始した。これにより、最高運転速度が時速約50kmから65kmに向上し、勾配区間における運転の安全性も向上した。
  • 1931年
    5月
    貨物列車用機関車として国産のED16形電気機関車の完成
    鉄道省は、輸入した電気機関車をモデルにして本格的な電気機関車を国産化する方針を立て、上越線(水上~石打間)、中央線(八王子~甲府間)用として客貨両用のED16形式を製作した。(動輪上重量59.6t、出力900kw)
    【写真:鉄道博物館提供】
  • 1942年
    7月1日
    初めて本州と九州間が開通し、貨物輸送を開始(関門トンネル)
    本州と九州を鉄路で結び輸送力を強化しようとする構想は明治時代からあり、大正時代に予算が組まれたが、関東大震災の復旧等に追われて、1936(昭和11)年10月にようやく着工、1942年に下り線が完成した。トンネル案が工費が少なく、国防上も有利であるとの結論に達していた。トンネル総延長は3,614m、海底部は約1,140m、海底からわずか10m下をシールド工法などにより掘削する難工事であった。
  • 1949年
    6月1日
    日本国有鉄道(国鉄)が発足
    第二次世界大戦後のGHQによる占領政策を背景とした様々な制度改革の一環として、運輸省鉄道局という行政組織から切り離された公共企業体、日本国有鉄道が発足した。
  • 1958年
    3月31日
    貨物駅数が過去最大となる(3,846駅)
    1955(昭和30)年に設置された貨物整備近代化委員会は、貨物駅の近代化の方向性をまとめ、貨物駅の新設、既存貨物駅の設備増強、コンテナ取扱設備の整備を推進。またコンテナ輸送の拡大にあわせて、新札幌(現・札幌貨物ターミナル)、汐留、笹島、梅田など50駅でコンテナ積み卸し場の拡張、舗装の強化を実施した。
    【写真:物流博物館提供】
  • 1959年
    11月5日
    初めてコンテナ専用特急貨物列車「たから」号の運転を開始(汐留~梅田間)
    貨物輸送の近代化に関する産業界の要求とトラック輸送のめざましい進出によって、貨物鉄道輸送は重大な岐路に立たされ、輸送力の増強と輸送方式の抜本的な改善を進めるようになった。そのうちのひとつとして、コンテナ専用特急貨物列車「たから」号の運転を開始し、汐留~梅田間を10時間55分で結んだ。コンテナによる「戸口から戸口まで」の一貫輸送を開始した。
    【写真:物流博物館提供】
  • 1983年
    1月30日
    ヤード系集結輸送を廃止し、直行輸送体系に変更
    国鉄は貨物輸送体系を抜本的に改善するため、操車場の廃止を実施。列車本数は最大規模であった1969年と比較して27%にまで縮小した。写真は、集結輸送廃止を前に留置されている貨車群である。
    【写真:交通新聞社提供】
  • 1986年
    11月1日
    初めてE&S(着発線荷役)方式の導入
    E&S(Effective & Speedy container handling system)方式の駅は、貨物列車が荷役ホームのある着発線に入線し、コンテナをその場で荷役可能なコンテナ駅を指し、荷役終了後そのまま列車を発車させることができる。従来の駅では専用の荷役線に入線するために入換作業が必要だったが、時間の短縮(作業効率の向上)と貨物駅の省スペース化に繋がった。2023年時点、E&S駅は31駅あり、今後も積極的に導入を進める計画である。
  • 1987年
    4月1日
    日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)が発足
    国鉄は1964年度に単年度赤字に転落後、四度にわたり国鉄再建計画に取り組んだが、全国一本の公社制という経営形態では経営再建は不可能との判断がなされた。国鉄再建監理委員会により「旅客輸送は全国6分割、貨物は全国一本会社」とした国鉄改革に関する意見が出され、1986年11月に関連法案は成立、1987(昭和62)年3月31日のダイヤ改正により、4月1日「日本貨物鉄道株式会社」は発足した。
  • 1988年
    1月20日
    活魚輸送(コンテナ)開始
    当コンテナは、九州内の大手スーパーから「養殖産地から東京へ生きた鯛をコンテナに入れて鉄道輸送したい」との要望に応えるため、JR貨物九州支社小倉車両所が開発した活魚輸送用コンテナ。水槽、エンジン発電機、循環ポンプ等がフル装備され、600尾の鯛が輸送された。
  • 1988年
    3月12日
    最高時速110kmのスーパーライナー運転開始
    高速運転と荷重増大の要請に応えるため、JR貨物は高速貨物列車を「スーパーライナー」と称して運行した。1987(昭和62)年10月に最高時速110km、荷重40.5tのコキ100・101形式コンテナが新製された。高速運転の安全性を確保するため、ブレーキ装置と台車は新設計のものが採用され、昭和63年ダイヤ改正で設定された大阪~九州を結ぶスーパーライナーに運用された。
  • 1988年
    3月13日
    初めて本州と北海道間開通し、貨物輸送を開始(青函トンネル)
    1988(昭和63)年3月、本州と北海道を結ぶ青函トンネル(当時世界最長の海底トンネル:53.85km)の開通により海峡線が開業。また同年4月には瀬戸大橋の完成により、本州と四国を結ぶ本四備讃線が開業し、明治以来、初めてレールによる全国ネットが完成し、大幅な時間短縮と安定輸送が可能になった。
  • 1989年
    3月11日
    JR貨物発足後、初めて新型の直流電気機関車(EF66形式100番代)が登場
    EF66形式100番代は、輸送量の増加に伴う対応として増備された電気機関車で、性能や基本的な構造はEF66形式0番代を踏襲している。当時において斬新な流線形の外観に大きく変更された当形式は、新製電気機関車としては昭和41年以来23年ぶりに、吹田機関区に配置された。
  • 1990年
    6月19日
    JR貨物発足後、初めて新形式となる電気機関車(EF200形式)が完成
    輸送量の増加により、貨物列車の高速化、安定化および保守の省力化に力点を置くこととし、最新技術を導入した高性能な電気機関車の開発に取り組んだ。
    大容量の半導体GTOの実用化が可能になり、1990(平成2)年にわが国初のVVVFインバータ制御によるEF200形式電気機関車を製造した。これ以降製造される機関車は、当該形式で実用化した技術がベースとなっている。
  • 1995年
    1月20日
    阪神淡路大震災 東海道線が長期に渡り寸断、トラック船舶による代行輸送開始
    阪神淡路大震災によって、一部の貨物駅などが被害を受けた。また本線上で貨物列車が脱線し、レッカー車による復旧作業および、列車の引上げ完了までに22日を要した。東海道線の分断は74日間に及んだが、不通区間においてはトラックや船舶による代行輸送が実施された。
  • 2004年
    3月13日
    日本で初めての特急コンテナ電車「スーパーレールカーゴ」営業運転開始
    高速輸送のために高速コンテナ列車の速度向上を図ってきたが、軸重の重い機関車けん引には限界があったため、新しい高速車両の研究に着手した。東京~大阪間を6時間以内で運転すること、安全性・信頼性が高いこと、貨物の積替えが容易であること、を目標にした。研究の結果、軸重を軽減できる動力分散方式のコンテナ専用電車を開発することとし、2002(平成14)年10月に特急コンテナ電車「スーパーレールカーゴ」が完成した。
  • 2010年
    3月25日
    初めてのハイブリッド機関車(HD300形式)試作機が完成
    貨物駅構内の入換専用DE10形式ディーゼル機関車の置換えを目的として、「環境にやさしいクリーンな機関車」をコンセプトに開発された。小型ディーゼルエンジンと高性能大容量蓄電池(リチウムイオン蓄電池)を用いたシリーズ式ハイブリッドシステムを採用した。
    形式名はハイブリッドを表すH、4動軸を表すD、同期電動機を表す300からなる。
  • 2011年
    3月12日
    初めて最大26両編成の貨物列車が九州に乗り入れ
    2007(平成19)年度に施工開始された鹿児島線(北九州~福岡間)鉄道貨物輸送力増強事業が竣工し、EH500形式電気機関車を先頭に26両編成の列車が福岡貨物ターミナル駅まで乗り入れ可能となった。
  • 2011年
    3月
    東日本大震災が発生 被災地(盛岡・郡山)に向け、緊急石油列車を運転
    東日本大震災により東北地区の石油が大きく不足する事態となり、普段は石油列車が運行しない日本海側の路線、2007(平成19)年度以降貨物列車が走行していなかった磐越西線等を使って、根岸から盛岡と郡山に石油を運び、被災地の復旧に貢献した。
  • 2016年
    3月26日
    初めて新幹線と貨物列車の共用走行を開始
    新青森~新函館北斗間の北海道新幹線開業に伴い、海峡線の新中小国信号場~木古内駅間で新幹線と貨物列車との共用走行が開始された。共用走行区間の架線電圧は、従来の在来線の20000Vから25000Vに昇圧、運転保安設備も新幹線規格に変更となり、各規格に対応するためEH800形式交流電気機関車が開発された。
  • 2020年
    3月4日
    JR貨物が、初めての総合物流施設(東京レールゲートWEST)竣工
    東京貨物ターミナル駅構内に、初のマルチテナント型物流施設である「東京レールゲートWEST」を建設、稼働させた。鉄道輸送のさらなる利用促進を図り、JR貨物グループ一丸となった総合物流サービスを提供する。
  • 2022年
    7月13日
    JR貨物が、初めての環境長期目標「JR貨物グループ カーボンニュートラル2050」策定
    貨物鉄道の環境特性をさらに高めた輸送サービスを提供することによりお客様の物流におけるCO2削減に貢献することを通じ、これまで以上に貨物鉄道をご利用いただけるよう取り組み、物流全体の脱炭素化および政府の定める2050年カーボンニュートラルをはじめとしたグリーン社会の実現に貢献する。