新幹線とレールをともに。
北の大地と本州を
つなぎ続ける新型車両開発。

北海道新幹線開通にともなう新型機関車『EH800』の開発

工学部電気電子工学科卒
鉄道ロジスティクス本部 車両部 技術開発室 機関車グループ

杉山義一Yoshikazu Sugiyama

工学部電気電子工学科卒
鉄道ロジスティクス本部 車両部 技術開発室 機関車グループ

PROFILE2004年入社。学生時代は電気電子分野でパワーエレクトロニクスなどを学び半導体研究に勤しんだ。就職活動では、電気電子のみならず多様な分野の知見を吸収・活用できる仕事をしたいと、鉄道のほか航空・海運・陸運会社などを視野に活動。中でも現場主義を掲げるJR貨物に惹かれた。「機関車の開発に携わりたい」という想いを胸に入社。車両メンテナンス業務、運転士養成課程・運転士を経て、2008年に念願だった車両開発部門へ。現場で車両と触れあってきた経験をもとに、新型車両の開発に情熱を注いでいる。

社会生活を支える大動脈、青函トンネル。

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全長53.85km。北の大地と本州を結ぶ青函トンネル。津軽海峡をかきまぜる荒波をくぐり抜けるように走る一筋のルートだ。1985年に本坑全開通し、3年後の1988年3月から在来線『津軽海峡線』の営業が開始している。それまで北海道と本州とをつないでいたのは、連絡船だった。しかし船の運行は天候に大きく左右された。鉄道開通は、人の往来のみならず、貨物輸送にも影響を与えた。北海道の基幹産業である農産・畜産物の輸送量は大幅に増え、安定輸送も実現。現在はこのトンネルを、毎日、数十本の新幹線が往来しているが貨物列車の本数は旅客列車のそれの約2倍である。年間ではおよそ480万トンの貨物が青函トンネルを駆け抜けている。乳製品、大豆、小麦、じゃがいも、たまねぎ、米・・・。北の大地で育てられたものたちが、青函トンネルを抜け全国各地へ届けられている。また本州側からも宅配便、衣類、雑貨など多様な品目が北海道へ届けられている。まさに日本中で暮らしている人々の生活を支えるうえで、決して止めることのできない大動脈だ。

北海道新幹線開業。新型車両を開発せよ。

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この青函トンネルを舞台にしたあるニュースが2015年、全国を賑わせた。2016年3月の北海道新幹線開業だ。これにより日本経済にも大きな効果がもたらされた。しかしその裏で鉄道貨物輸送には変化が求められた。一本のトンネルを、在来線と新幹線とが共用走行することになったからだ。在来線と新幹線とでは、線路設備、架線電圧、及び保安装置など様々な設備・機器が異なる。またレール幅も新幹線のほうが広い。新幹線開業前まで、青函トンネルを走っている貨物列車は『EH500』という名の電気機関車がけん引していたが、開業を前にJR貨物は共用走行への対応を求められ、新型車両の開発を決定した。そしてこの車両開発に携わった一人が、杉山義一だった。
「在来線と新幹線とは車両の構造がまったく異なります。今回の車両開発は、異なる思想のもとでつくられた二つの技術を融合させる作業だとも言えました。だから技術的な難題も非常に多く、毎日頭を悩ませていましたね」
しかし、杉山たち開発メンバーは、持ち得る知恵と工夫を積み重ね、数々の課題をクリアしていった。
「レール幅の違いは、もともとあった在来線の2本のレールの隣にもう1本のレールを追加する<三線軌条>という方式を採用して対応することが決定。そのうえで、車両開発でまず課題となったのが電圧の差でした。この地区の在来線の機関車に用いられているのは<交流20kV>。対して新幹線は<25kV>です。新型車両では20kVと25kVとを自在に切り換えられる仕様にしなければなりませんでした。また、自動列車制御装置(ATC装置)などの保安装置や無線機器も、新幹線と同様の対応が求められました。そうした課題に対し、私たちはそれまで津軽海峡線を走ってきて実績も信頼性もある『EH500』をベースにした新型車両開発に着手。そして誕生したのが、交流電気機関車『EH800』です」

日本初の試み。在来線と新幹線との共用走行。

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開発スタートから約3年以上経過し、試作車・第一号が完成したのは2013年1月だった。そこから実際の線路を使ったテスト走行が開始された。
「在来線と新幹線が同じレールを共用走行するのは、日本で初めての試み。共用走行区間の地上設備に新車両をいかに適合させるかということが、今回の車両開発で最も重要な評価項目だったとも言えます。ですから、試験走行は慎重に慎重を重ねましたし、テスト結果が出るたびに車両には改良を加えていきました。試作車完成はあくまで一つの区切り。そこから重ねてきた試行錯誤も、数え切れないほどです」
書いては消し、書いては消す。無数のトライ&エラーが扉をこじ開ける。テスト走行開始以降、地上設備との適合に向け車両の仕様にはなんと100箇所以上の改善が加えられたという。テストの度に修正と調整を重ね、ときには、まるで終わりのないトンネルを走っているかのような感覚にも襲われる日々。しかしそれでも杉山の集中力は途切れることがなかった。開発に苦しむ度に、ある光景がよみがえるのだという。
「車両開発部門に異動してきて初めて携わったのが、『HD300』というハイブリッド機関車の開発でした。開発者としてはまだまだ半人前だった自分。先輩たちの仕事に追いつくのが精一杯で、どれだけ車両開発に貢献できたかは正直わかりません。しかしそれでも、新しく生まれた車両が実際に貨物を積んでレールを走る姿を見たときの感動が忘れられないのです。その経験があったからこそ、今回も、走り続けてこられたのだと思います。どうすればもっといい車両になるか、わずかでも性能を向上させる策はどこにあるか。考えて、考えて、考え抜く毎日でした」
レールのない場所にレールを敷く。新しいチャレンジをするうえで、先が見えないという苦悩や不安は避けられない。ときに霧さえ立ちこめる未来に向けて、どの方向へレールを敷くべきか、どこまでも深く考え、そして勇気を持って決断する。そうして杉山たちは前進してきたのだった。

人々がいつまでも笑顔で暮らしていけるように。

「開発チームが情熱と魂を注いできた『EH800』は2016年3月末から新幹線とともに青函トンネルを走りはじめた。
「今、私は東京で暮らしていますが、街のスーパーで北海道産の牛乳や新鮮な野菜が売られているのを見ると、自分たちの仕事の意義をあらためて感じます。物流は、華やかな表舞台にはなかなか出ない仕事。でも、日本中の生活を支えているという誇りを持てる仕事でもあります。だから車両開発という仕事のゴールも、車両が完成したときではありません。運行が開始され、安定輸送が実現できたときに初めて、うれしさや喜びそして安堵感が、私を包んでくれると思っています」
さらに杉山はその先の未来にも想いを馳せる。
「インターネットが普及し、商流の速さは劇的にあがりました。1クリックでモノが買えてしまう時代です。鉄道輸送は、長距離・大量輸送という他にない強みがありますが、それにスピードという武器も加われば消費者のニーズにもっと寄り添うことができるはず。機会があれば、そんなチャレンジもしてみたいですね。これからも、時代ごとに求められる鉄道輸送を実現することに尽力できたらと願っています」

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